アメリカンフットボール
私は中学、高校とバスケットボールをやっていましたが、大阪体育大学に入学と同時にアメリカンフットボール部に入部しました。
アメリカンフットボールを選んだ理由は、「かっこいい」という理由で、あんまりルールなどはわかりませんでした。
当時、大阪体育大学スパルタンズは、関西学院大学ファイターズ、京都大学ギャングスターズに次いで、関西学生一部リーグで第3位の実力であり、それも魅力でありました。
入学早々、関西学院大学(KG)を破って1984年の春の西日本選手権で学生チャンピオンになりました。当時KGは、関西では京大以外に負けたことはなく、新聞に大きく取り上げられたのです。西日本の決勝は、社会人一位のブラックイーグルスに敗れましたが、体育大学内でマイナーなクラブだったアメリカンフットボール部が、少し認められ始めました。
優勝候補と言われた、本番の甲子園ボウルを目指した秋のリーグ戦は、結局前年と同じく3位。でも初めて5勝2敗の成績でした。
この年優勝はKGだったのですが、近大とならんで6勝1敗で優勝決定戦を行いました。第5Qまで及ぶ大熱戦の末、KGが勝利したのですが、その近大が唯一土をつけたのが、我が大阪体育大学でした。
2年から、LBとしてスターターとなり、結局在籍した4年間、一部リーグで戦うことが出来たのです。
下の写真は3年生の時の立命館大学戦 この位から強くなり始めた立命館。
負けると予想された試合に見事勝利しました。68番の丸坊主が私です。

その後、関東社会人リーグ(現 Xリーグ)のオンワード樫山に入社。
2年間在籍しました。ここでは、“下積み”ばかりで控え選手の時がほとんどでしたが、ビックゲームを経験できた自分の中ではいい思い出です。
この試合のゲストは、当時NFLの49ersで全盛時代の伝説のQBジョー・モンタナ夫妻でした。(悲しいかな、奥さんも自分より背が高くて、足が長かった)
入場前の通路で、握手をしてもらったのが最高の思い出です。残念ながら写真はありません。
下の写真は1989年の春の社会人選手権(パールボウル)で当時の常勝軍団、レナウンローバーズを破って優勝した瞬間の写真です。(日刊スポーツの一面に出たのを無理言って頂きました)場所は東京ドームです。最高に嬉しい瞬間の顔です。(写真一番右の65番の要領よくヘルメットを脱いで、カメラの前にいるのが私です)

日時: 2007年02月10日 21:20 | コメント (0) | トラックバック (0)